患者さんから教えられたこと〜Yさんとの思い出〜

今でも忘れられない患者さんの事を時々思い出す。

Yさんは80代前半の男性で、いつも笑顔で穏やかな患者さんだった。

綺麗な白髪に色白だったので、遠くから見ると1人だけ別世界の人みたいに見えた。

 

10年ぶりに看護師として再就職した当時の私は、慣れない三交代勤務と子育てに追われる日々の中、Yさんのところへ行ってお話しする事が癒しになっていた。

受け持ちの時はもちろん、受け持ちじゃない日もYさんのお部屋に顔を出し、穏やかでなんとも言えない「気」のようなパワーを受け取ると、元気が出た。

 

Yさんは戦争体験者で、戦時中は通信兵をしていたそうだ。

「僕は生き残ったけど、僕の同期やもっと若い後輩たちは、みんな死んでしまったんだ。みんなが生きれなかった命を僕が貰ったと思って感謝しながら生きてきた。それにしても随分長生きしたよなぁ」

 

胆管系の疾患で入院していたYさんは、日を追うごとに、少しずつ病状が進み、色白の皮膚に少し黄染が出てきた。

真っ白だったYさんが、少し黄色味がかってきたことが、分かってはいたけれどショックで悲しかった。

 

経皮経肝胆道ドレナージのチューブを挿入すると、これで大丈夫と笑顔を見せ、数日後金婚式の記念写真を撮りに写真館へ外出することになった。

チューブの先端に付けた排液ボトルを入れた袋を、買い物袋のように持って「行ってくるね!」と手を振り奥様と外出した笑顔は、今でも目に焼き付いている。

 

それからYさんの病状は悪化していった。

痛みも出てきて、せめて苦痛を取り除くために痛み止めを使って欲しいと思ったけれど、Yさんは「まだ大丈夫」と、決して薬は使わず、じっと痛みに耐えているように見えた。

 

その後も、幾度となく痛み止めを勧めても、大丈夫、大丈夫…と、笑顔まで見せてくれる。

痛み止めを使ってもらうにはどうしたらいいんだろう…

残り少ないYさんの時間が、痛みを我慢する事で終わってはいけない、少しでも苦痛を取り除く事が重要だと思っていた。

 

私だったら残り少ない時間をなるべく苦痛なく穏やかに過ごしたいし、家族にもそうあって欲しい。

 

ある日Yさんに、何故痛み止めを使わないのか、私はYさんに少しでも楽になってもらいたいから、痛み止めを使って欲しいと伝えた。

 

すると、Yさんは

こんな痛みを痛いと言って、薬を使う訳にはいかない。

僕の同期や後輩達は、弾に撃たれても何の治療もしてもらえずに、痛い痛いって言いながら死んでいった。僕はみんなの生きれなかった命をもらって生きてきたんだから、こんな痛みを我慢できなかったら、あの世でみんなに顔向けできない。

だから、痛み止めは使わない。

 

ものすごい衝撃だった。

大袈裟ではなく雷に打たれたくらい衝撃を受けた。

 

YさんにはYさんの生きてきた歴史があり、信念がある。

私だったら、私の家族だったらどうして欲しいか…は、押し付けでしかなくて、この方はどうしたいのか、どうして欲しいのか…を考えられなければダメなんだという、看護師として大切な事をYさんから教えられた。

 

Yさんは意識がなくなるまで痛み止めを使わなかった…

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天国で、昔の仲間からよく頑張ったなぁ、大したもんだと褒められて、あの笑顔を見せていたに違いないと、20年以上昔を思い出しながら、今でも切ないながら温かい気持ちになる。

 

そのうち会うことができますね…

ありがとうYさん。